起業家の信念を照らす作曲家シェーンベルクの使命と狂信の光

岩橋洸太|CoCo Gourmet(ココグルメ)Co-Founder

2021/6/3


〜The moon is high up on a mountain. The lunatics have taken over the asylum waiting on the rapture〜


“自分だってできるなら調性で音楽が書きたい。 しかし三和音を書くことを、歴史が私に禁じているのだ。”  −−−アルノルト・シェーンベルク




シェーンベルクの生涯


シェーンベルクが生きたのは新しい音楽が求められていた時代だった。


伝統的な調性音楽では、数々の天才が既に多くの作品を生み出していた。 新たな音楽を世に生み出す蛇口は根詰まりを起こし、創作の余地はどこにも残されていない様だった。 新しく曲を創っても一度はどこかで聞いたことのある様に聴こえてしまう。 音楽理論的にも、感覚的にも。


無限の組み合わせがあると思われた音楽の可能性に人々は疑問を抱く様になっていく。


この先新しい音楽は聴けないのだろうか、と。


シェーンベルクの前にはドビュッシーらによる印象主義音楽を始め、R・シュトラウスやマーラーにより新たな表現が確立されつつあったものの、その表現にも限界があり、より根源的な変化を起こす新しい理論体系の音楽が求められていた。


そんな時代の中でシェーンベルクは自らの使命を意識し始めることになる。


初期の作品群にはオーソドックスな調性音楽に基づくものも作られている。 しかし調性音楽を書く度に少しずつ彼の意識の中で何かが産声をあげる様になっていく。

始めのうちは、森に囲まれた小さな湖の穏やかなさざ波の様なものだったのかもしれない。 それでもその微かな波はやがて止めることのできない衝動となって彼を突き動かしていく。






シェーンベルクは調性音楽の枠組み・限界から抜け出すために、音楽理論だけを考えて作曲する技法を確立した。


喜びや哀しみの感情や作曲家の本能に任せることなく、各音高を記号の様に取り扱い、あらかじめ定めた規則に基づき音符を配置していく。 建築士が建築工法に基づき実用的な建築物を設計する様に、シェーンベルクも楽曲の構造を理論的に構築して、「無調性音楽」や「十二音技法」という新しいスタイルの作品を生み出していった。 その行為が自分の求めていた音楽史における使命を果たすものだと信じて、新しい世界の開拓に没頭した。


しかし、熟考の末に作り上げた作品を実際に耳にした時、シェーンベルクはその芸術的価値を疑わないわけにはいかなかった。


そこにあるのは音楽理論に基づいた知的満足だけだった。 そこには協和音が生み出す心地良さもなければ、美しい旋律が呼び起こす思い出や情景もなかった。 無秩序と思えるまとまりのない音の羅列が、時間の進行に合わせて淡々と打ち鳴らされていく。 機械的な音楽が生み出す無機質さは、シェーンベルクがはるか以前に誓った決心に揺さぶりを与えることになる。


自分のやっていることは果たして意味のあることなのだろうか。




時に調性音楽の誘惑にかられたこともあった。
理屈など考えずに心の赴くままに表現をしたいと思うこともあった。
愛好したブラームスの、思わずため息が出てしまう様な完璧な楽譜を眺めると、シェーンベルクは深い海の底へと沈んでいき身動きが取れなくなってしまう。


アーロン・コープランド「現代の音楽」に以下の様な記載がある。


シェーンベルクの闘いの中にはある避けがたい悲劇が含まれていたというのが、今日私たちの推測するところである。シェーンベルクの悲劇とは、彼の故郷であるロマン派音楽から離れれば離れようとするほど、一層彼がこうした音楽に惹きつけられていたというところにあった。


高揚感を覚えるとメロディーが自然と頭に浮かぶ作曲家としての強い創造性と、音楽の歴史を切り開かんとする変革者としての確固たる信念。 2つの精神が織り混ざった心の中で綱引きが行われ、まるで夜空の惑星が日毎にその位置を前後させる様に、シェーンベルクは衝動と覚悟の間で揺れ動いていた。


それでもシェーンベルクは自分の音楽が行き着く先の世界を信じ、その道を進み続けた。 心の奥深くに打ち立てた灯火がはるか遠くの1点を指し続けたからだ。


その光は他のどんな光よりも鮮明で力強く進むべき道を照らし続けた。


シェーンベルクが選んだのは作品そのものが愛されることではなく、生み出した手法やマテリアルが他の作品に影響を与えることだった。


いつしかそれが作曲技法として根付き、他の作品の中で彼の意思がひっそりと生き続けてくれることを信じて。


この作品はただの通過点になってしまうかもしれない。
この道はどこにも繋がっていないかもしれない。


それでも、いや、だからこそ、誰も進まないこの道を私が切り拓くのだ。


天命を全うすることに人生を捧げる決意が最後まで折れ曲がることはなかった。


どれだけの困難と空虚さが襲いかかっても、どれだけの時間が経過したとしても、シェーンベルクの心の中には決して朽ち果てることのない場所が残されていた。


(ウィーン中央墓地の墓)


それはいささか過度な自意識だったのかもしれない。
まともな感覚からすると、狂信とさえ呼べるものかもしれない。


彼自身にもなぜその道を進むのか上手く説明ができなかった。
その選択はまるで生まれる前から決められていたことの様だった。
どれだけ考えても決して抗うことのできない魂の絶対的な希求だった。


しかしその自意識こそが彼をそこまで運んでいく。
シェーンベルクは時代の要請に応え、無調性音楽や十二音技法を編み出し、その発展に生涯をかけた。


結果的に彼の曲を愛好する人は多くもなければ、後世にどこまで影響を与えたかも定かではないかもしれない。


それでもその生き様や信念を否定することは私にはできない。
彼がいなければ、私たちの人生は今よりも少しだけ味気ないものになっていたかもしれないのだから。


※調性音楽とは


〜音楽知識を持たない素人による解説。誤っていたらごめんなさい〜


ものすごく簡単に言えば「長調は明るい」「短調は暗い」といった様に、音そのものから生じるイメージを調性という。


そして、基本となる調性を決めてそれを中心に用いて作曲されたものを調性音楽という。


一方、無調性音楽では等間隔の音階によって音楽が作られ、均一的な音の幅になるため、特定のイメージが想起されづらい。


シェーンベルクが創り出した曲からは、私たちが通常イメージする様な音楽とは大きく異なった印象を受けるものが多い。


例えばシェーンベルクの作品にピアノ協奏曲がある。




この曲とモーツァルトのピアノ協奏曲第25番




と比較するとお分かり頂ける通り、とても難解で無機質な印象を受ける。
(シェーンベルク本人も、自身の音楽はある程度の音楽理論を知らなければ理解をしがたいという類のことを言っている。)


ここには直感的な喜びも悲しみもない。
途中までは「ふんふん、いいじゃないか」と思っても、ずっと聴いている内に次第に追いきれなくなり、無感覚の中に置き去りにされてしまうことになる。


仮に女の子とドライブをしている時にこの曲を流そうものなら、すぐさま「急な用事を思い出したの」と言って時速80kmの車からガラス窓をぶち破ってでも逃げられてしまうに違いないだろう。


でも、シェーンベルクの無機質で取りつく島のないピアノ協奏曲をじっくりと聴いていると、人間の抱く苦悩や焦燥の中から純粋な核の様なものを取り出して、それを直截的に表現した音の様にも聴こえてくる。


私だけかな。


ただの思い込みかもしれない。


現代音楽は当然のことながら、エレクトロニカ、あるいはPOPソングに到るまで、今の音楽にもシェーンベルクの影響が表れているのではないだろうか。






シェーンベルクは前衛的な作品の創作に生涯をかけた。


でも本当は調性音楽を愛していた。


その想いがよく分かるのがこの曲だ。




ブラームスのピアノ四重奏曲第1番をシェーンベルクがオーケストラバージョンに編曲したものだ。


音楽知識のない私の稚拙な感想ではあるが、壮大かつ繊細なこの編曲には心の奥深くを揺さぶられる。
まるでブラームス本人が作曲したかの様だ。
シェーンベルクのブラームスに対する敬意が伝わってくる。


冒頭の言葉を知った上で二つの曲を聴き比べると、シェーンベルクが自らのものと信じた時代の要請の重さ、その一端に触れられる様な気がする。
それはきっと地球から遠く離れた空間に浮かぶ月の様に、巨大な球体のほんの表層の部分かもしれない。


でもその表面から球体の奥深くまでを想像することはできる。
その手触りから内奥を感じとる。


そうすると自分がどこまでもちっぽけな存在に感じられてしまう。


私は冒頭の言葉を心の拠り所として胸に刻んでいます。
時代が私に求めていることがある。
それが過度に偏屈した自意識だとしても、例え偉人との差が月と地球の距離ほど離れていたとしても、自分のなすべきことを信じて進み続けています。




なぜこのnoteを書いたのか



さて、長くなりました。
こんなポエムを書いてこいつは何がしたいのか、と思うに違いありません。


これは作曲家シェーンベルクの生涯に対する私の捉え方を通して、私が起業家としてどんな思いに突き動かされているかを間接的に書き表したものです。
音楽素人ながらの私なりの解釈や想像をふんだんに加えて。


そうすることで


「私が考えているのは○○で、その理由は○○だからだ」


と直截的に説明するよりも、微妙なニュアンスも含めて私の思いが上手く伝わるかなと思ったからです。 こんな年頃にもなってここまで赤裸々な内容を公表するのは少し小っ恥ずかしいのですが、一生懸命書きました。


でも書いてみて思ったのは


やっぱりこれでは伝わらんわw


ということでした。


だからもう直接説明します。


もしも私が文章家だとしたら、せっかく自分の言いたいことを論理的文章ではなくストーリーとして表現したのに、何のために改めてロジカルに再翻訳して説明しなければならないのか、と思うはずです。


でも私は起業家です。
何かを表現したいわけでありません。
何かを実現すべき人間です。
全ての行動を本業に繋げることが私のなすべきことです。


それに、こいつは頭おかしい、と思われても嫌だし。


この文章を発信する目的は私の思いに共感してくれる仲間を探すことです。


その思いを今はまだ知らない誰かに、きっと世界のどこかに必ず存在する誰かに、会社を今よりも何段階も素晴らしくしてくれる誰かに届くことを願って発信しています。


少しでもぴんと来た方や我こそはと思う方はご連絡お待ちしてます。



起業家として伝えたいこと


シェーンベルクは強烈な使命感をもって作曲家としての生涯を歩み続けました。


私も幼い頃からとある使命を胸に秘めてきました。
その使命を達成するためには起業をするしかない、と人生のある時点で心の内に決めました。
シェーンベルクは作曲家として、僕は起業家として時代の要請に応えよう、と。


そのために社会人になってから脇目もふらずに仕事に没頭し、やりがいもあり安定した立場を捨てて、2017年に会社を共同創業しました。
創業してからは多くの困難な日々があり、本当にこれでいいのかと思い悩む日々がありました。
会社の預金残高が2万円になって倒産しかけたこともありました。


でも今では事業が軌道に乗り始め、多くのお客様に愛されるサービスができ、会社の規模も段々と大きくなってきました。


これはひとえに支えてくれる方々がいたからです。 お客様、共同創業者、社員の皆、株主、取引先の皆様、起業家仲間、前職繋がりの皆様、友人、家族、愛犬、愛猫。




そして皆さんが支えてくれたのは、私の起業の動機が利他的なものだった、という一つの前提があったからだと勝手に思っています。


僕が「諭吉のプールを作って泳ぐんだ!」とでも言っていたら、誰も応援してくれないはず。
僕が泳いでる時に皆がプールを囲んで慶応の校歌?の若き血を歌ってくれるなんてことはありません。


私には会社・事業を通じて自分に与えられた役割を果たし世界をより良くしたいという思いがあり、それが一番の起業の動機になっています。
それっぽく言うならば「ミッションドリブン」というところでしょうか。
会社のミッションもありますが、個人としてののミッションも存在しています。


ただ、何もこの思いは私だけに限った特別なものではないと思います。


起業家の方にも色々なタイプの方がいると思います。
自分の好きなことをとことんやり抜きたいという方や、No.1にとことんこだわる方、誤解を恐れずに言えば人よりも金銭欲や自己実現欲が強い方。
でもどんな起業家にも、絶対に自分の使命は少なからず持っているはずだと思っています。


さらに言えば起業家だけではありません。
公務員でもサラリーマンでも、あるいは仕事は一旦終えている方、夢に向かって人とは違う道を歩んでいる方でも、全ての方がおよそ持ち合わせている本能の様なもののはずです。


私だってサラリーマンの時もそうでした。


起業家になるための修行期間という目的はありましたが、それはそれとして、公開引受マンとしての誇りを持っていました。
仕事をする時はお客さまである未上場企業様に本気で向き合って、上場まで黒子としてサポートし、この会社がIPOを遂げて発展し世界がより良くなるために尽くそう、との思いで全力で仕事にあたっていました。


まだ何も成し遂げていない私が偉そうなことを言える立場では1ミリもなく恐縮なのですが、世界中の皆がそういう思いをを終生大事にして、時代の求めに応えていったのなら、より素晴らしい世界が待っているのだろうなと思います。


時代と言いましたが、重く考える必要はありません。
形而上的・超自然的な意味での時代ではなく、世界中の人々という意味でも良いし、周りの人でもいい。 何だって良いのです。
とにかく自分のこと以外に少しでも目を向けて、何かできることをしていけば、人生はきっと今よりも豊かになると私は思います。


私も応援してくれる方が増えており、それが本当に嬉しい。
かつて悲しい出来事を知って苦しみ、深い沼にはまっていた無力な少年の自分が嘘の様です。
今でもその問題は解決されていないし会社もまだまだ小さく何もできないので、もっと死力を尽くして取り組んでいかなければいけませんが、きっとこのまま進んでいけば世界を変えていける自信があります。




絶賛採用中です。


では僕の進むべき道、すなわち事業を通じて成し遂げたいことは何か。


シェーンベルクが自らの使命を端的に表す言葉として、掲げていたものがあります。


不協和音の解放


僕のスローガンはアニマルウェルフェア(動物福祉)のバイブルとも言える書籍名のこの言葉です。


動物の解放


僕は不幸な動物の全てを幸せにすることに人生を捧げています。

詳しくはまた別の機会に発信できたら良いなと思っています。


もし動物のために何かをしたい、会社を大きくさせて事業の力で世界を変えたい、 そんな人がいたらぜひご連絡をお待ちしております。


絶賛募集中です。




以上です。 ここまで読んで下さりありがとうございました。 お見苦しい文章を失礼しました。



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